世界のぜんぶが書いてある本、ない?

普段自分が考えてること、疑問に思ってることを検索してみても意外と答えが見つけられないので仮説を立てて自分から発信してみることにしました。ブログタイトルは、僕のだいすきな漫画『せんせいのお人形』のセリフです。(勝手に使ってます、ごめんなさい。)

ソーシャルネットワークに見た理想のコミュニティの実現性

今回の仮説

最近、学生時代ぶりにソシャゲをやってるんですが、 以前書いたこちらの記事での仮説、案外的を射ていたかもと思えてきたので今回記事にしてみることにしました。

zeppekikun.hatenablog.com

今回の仮説は SNS上の誹謗中傷に対して取るべき対策方針は、
誹謗中傷そのものを抑制することよりも
常に誹謗中傷からの逃げ場所を確保すること
が重要なのではないか、というものです。

今回は僕が現在参加しているソシャゲのコミュニティを例に挙げつつ、 SNS上の誹謗中傷にどう対応していけばいいか考えていきたいと思います。



以前書いた記事の概要

今回の記事のもとになった記事の仮説について概要を説明しておきます。

ソーシャルネットワークとは簡単に言うとインターネット上の交流の場(コミュニティ)のことです。 インターネット=仮想空間上というのは、現実と異なり物理的な制限を受けません。

そのため、現実の学校や職場のようにある程度固定の人間関係で過ごすことを強いられることなく、比較的容易にコミュティの出入りや新たなコミュニティの立ち上げが可能です。

この特徴により、ソーシャルネットワークは集団内で居場所を失った人の絶対的逃げ場所になりうるのではないか、と考えたのでした。

詳しくは元の記事をご参照いただければと思います。



ソシャゲに見た理想的なコミュニティ

先ほど説明した仮説ですが、僕が現在プレイしているソシャゲのコミュニティではこれが成り立っているように思うのです。

僕はゲーム内で任意に作成できるチームの一つに属しており、このチームで協力してクエストクリアしたり、チーム同士でランキングを競ったりしています。

このチームの所属移動が、ペナルティはあるものの自分のタイミングで自由に行うことができ、チームという集団の形を取りつつも流動的で柔軟性が保たれていることに魅力を感じています。

うちのチームはチーム戦の参加も自由でノルマのようなものもなく、のんびりやっています。 そのため、もっとランキング上位を目指したいとチームを去る人もいます。 自分に合わなければ簡単にコミュニティから抜けられるのも、ネット上ならではだと思います。

一方で、別チームでノルマについていけず除名されてしまい、うちのチームに移ってくる人もいます。 そういった別のチームで居場所を失ってしまった人の受け皿にもなっています。

自分の好みに合ったコミュニティを求めて移動するのも、気に入ったコミュニティに居続けることも自分で選んでいくことができます。 僕の今のチームものんびりやりたい人が集まりやすくて、とても居心地がいいです。

もちろんゲーム仕様としての制約は受けますが、仮想空間上なので理論上はどうとでも仕組みは変えていけるはずです。 この環境に僕は理想的なコミュニティを築き上げる可能性を見たのでした。



逃げ場所の確保の重要性

少し前にスクウェア・エニックスのオンラインゲーム「ファイナルファンタジー(FF)14」の規約改定にて、プレー時の禁止事項に具体例を挙げたことが多くの人から絶賛され話題になりました。

news.yahoo.co.jp

実際の規約も読んでみましたが、同ゲームのプレイヤーでなくともわかるように、丁寧かつできるだけ網羅的に書かれていてすごく好感の持てる内容でした。

そして、この規約内容を多くの人が支持したということは、それだけ多くの人がオンライン上の誹謗中傷を問題視しているということでもあります。

多くの人の中で誹謗中傷はよくないという共通認識があるのに、ネット上の誹謗中傷は一向になくなっていないのです。

これは誹謗中傷の抑制には限界があることを示していると思います。 こちらの記事でもお話ししましたが、人間は他者を攻撃したいという欲求を本能的に持っていると思われます。

zeppekikun.hatenablog.com

いくら規約や罰則を設けようとも、自分の中にある本能的欲求を常に理性で抑え続けるなんてできないですよね。僕だって無理です。

そこでやはり重要になってくるのは、いかに誹謗中傷からの逃げ場所を確保するかなのではないでしょうか。 もし誹謗中傷にさらされたとしても、その攻撃の届かない場所に逃げ出すことさえできれば、どこにも居場所がないというどん詰まりの状態は回避できると僕は思うのです。

例えばですが、コミュニティ内でユーザが誹謗中傷を受けたと判断したら、加害者と被害者が接触できないようにコミュニティを分けます。 これを繰り返していけば、自分に危害を加える人のいないコミュニティを作れたりしないでしょうか。

この方法がうまくいくのかは置いておいて、このように考えた理想のコミュニティを仕組みとして提供できうるのがソーシャルネットワークなのだと思います。 この考え自体は現実でも適用できることだと思います。

どうしようもないという心理状態より、難しいが可能性はゼロじゃないという気持ちでいられるほうがずっと楽だと思います。

この考えをもとに何かコミュニティを立ち上げようなんて今のところ思ってないですが、理想のコミュニティは理論上は作れるはずとでも感じていただけたら嬉しいです。

今回は以上です。
お読みいただいた方、ありがとうございました。